私たちを構成する5つのレイヤーとは?|ヨーガ・アーユルヴェーダ・インド哲学

タットヴァボーダ No.30-37

ヨーガやアーユルヴェーダの理論のもととなっているインド哲学「ヴェーダ」の起源は約5000年前にさかのぼります。宇宙の法則、私たちが生きている世界の本質が詰まっています。その一部をわかりやすく初心者用に説明しているものがタットヴァボーダ(Tattva Bodha)です。ヨーガ、アーユルヴェーダのもととなる基本的な考え方を理解するにあたって、とても重要です。このサイトでは、そのタットヴァボーダの内容をサンスクリット語の訳に沿いながら説明しています。グリーンで囲われている部分がサンスクリット語の日本語訳です。ここでは30章から37章にあたる、5つのレイヤーの説明しています。タットヴァボーダの全体像について知りたい場合は下記をご覧ください。

 

目次(30章~37章)|5つのレイヤーとは?

 






 

5つのレイヤーとは?

これまでのタットヴァボーダの内容とのつながりを復習します。まず、タットヴァボーダのテーマがあり、それを学ぶために必要な資質を説明しました。そしてタットヴァボーダの一番のテーマである、アートマー(自分自身、真我)にはどんな特徴があるのかを15,16章説明しました。17章以降はアートマーの特徴を1つずつ説明しています。その特徴の一つが、「5つのレイヤー」を超越するものされています。ここでは5つのレイヤーとは何か、そしてどうして本当の自分自身ではないのか、ということを説明していきます。

No. 30|5つのレイヤーとは?

5つのレイヤーとは何でしょうか?それは、アンナマヤ、プラーナマヤ、マノーマヤ、ヴィッニャーナマヤ、アーナンダマヤです。

解説

前の章では、私たちの体を3つの体に分けて考えましたが、体を違った側面から分類したものが5つのレイヤーです。レイヤーは鞘(さや)と訳されることもあります。鞘とは剣を覆うものです。レイヤーは包み、カバーとも考えることができます。アートマーの特徴は、これらの5つのレイヤーを超えたものとされています。

5つのレイヤー(鞘、包み、カバー)

アンナマヤ 食物のレイヤー グロスボディー 目覚めの状態
プラーナマヤ 機能のレイヤー サトルボディー 夢見の状態
マノーマヤ 心のレイヤー
ヴィッニャーナマヤ 知性のレイヤー
アーナンダマヤ 至福のレイヤー コーザルボディー 深い眠りの状態

〇〇マヤのマヤは、変形という意味です。アンナマヤコーシャ、プラーナマヤコーシャ、マノーマヤコーシャ・・・のように「コーシャ」をつける場合があります。コーシャは包むもの、カバー、レイヤーという意味です。

 

No. 31|アンナマヤとは?

アンナマヤ(食物のレイヤー)とは何でしょうか?食べ物の要素から生まれ、育ち、地球へ帰っていくという、食べ物の本質を、食べ物のレイヤー(the food sheath)もしくはグロスボディー(肉体)といいます。

解説

アンナマヤとは、食べ物が変形したレイヤーです。昨日食べたものは、食べる前は自分と違うものですが、食べた後は自分の肉体(グロスボディー)に同化すると私たちは感じます。ここのレイヤーでは、私たちはグロスボディーと食べ物を同一視しています。しかし、食べる前と後というように変化するものは自分自身ではありません。本来は、食べ物もグロスボディーも本当の私自身ではないということです。

 

No. 32|プラーナマヤとは?

プラーナマヤ(機能のレイヤー)とは何でしょうか?プラーナなどの5つの生理学的機能、そして話すなどの5つの行動器官を合わせたものを、機能のレイヤー(the vital air sheath)といいます。

解説

プラーナマヤとは、プラーナ(生理学的機能)と行動器官が合わさり、変形したレイヤーです。プラーナとは何かこちらの記事、5つの行動器官とは何かは、私たちの体についての項目で詳しく説明しています。何かを行うには、生理学的機能と行動器官が働いていないといけません。歩くためには行動器官である「足」が働かないといけません。そして足を動かすためには、プラーナによって体の生理学的機能が正常に働いていなければなりません。つまり機能のレイヤーは何かをすることに関するレイヤーです。機能のレイヤーは、食物のレイヤーにも浸透しています。食物のレイヤーより微細です。ここのレイヤーでは、私たちは生理学的機能と行動機関を自分と同一視しています。「私が話す」というとき、話していることと自分を同一視しています。また「私の呼吸」というとき、呼吸と自分を同一視しています。呼吸を見ること、または話していることを聞くことができます。本来、観察することができるものは本当の自分自身ではありません。

 

No. 33|マノーマヤとは?

マノーマヤ(心のレイヤー)とは何でしょうか?マナス(マインド)と、5つの感覚器官を合わせたものを、心のレイヤー(the mental sheath)といいます。

解説

マノーマヤとは、マナス(マインド)が変形したレイヤーです。マインドは、怒り、妬み、愛、同情などの感情の中心です。絶えず揺れ動きます。それは楽しいかな?とか、これを読もうかな?といったことです。私たちはマインドを通じて世界を知覚します。マインドがなければ、感覚器官に刺激を送ることができません。例えば、目が明いていても、マインドがどこか違うことに気を取られいていたら、自分の前にあるものに気づきません。また、「私は幸せ」というとき、私と幸せという感情を同一視しています。しかし、そのあと幸せを感じないときもあります。このように、変わるものは本当の自分自身ではありません。

 

No. 34|ヴィッニャーナマヤとは?

ヴィッニャーナマヤ(知性のレイヤー)とは何でしょうか?ブッディ(知性)と、5つの感覚器官を合わせたものを、知性のレイヤー(the intellectual sheath)といいます。

解説

ヴィッニャーナマヤとは、ブッディ(知性)が変形したレイヤーです。知性と感覚器官でできています。前述の3つのレイヤーよりさらに微細で、他3つをコントロールしています。知性は、決断をつかさどります。マインドは常に変化する感情などですが、知性は信念など確かなものです。そのため知性はとても重要です。知性が人生を方向付けます。例えば、「お金がすべてだ」という信念があったら、そのように決断し生きるようになってしまいます。知性は、正しいことと正しくないこと、真実と真実でないことを見分けることができます。発明、創造、発見、現実化、想像は知性の働きです。

マインドと知性の関係

マインドは、知性に五感の感覚を運んでくれます。マインドは感じるもの、知性は考えるものとも言います。私たちは、「この会社に入社しよう」と知性によって決意します。しかしそれにだとりつくには知性だけではなく「この会社が好き」というマインドも影響しています。知性は過去の経験をベースに、認識し、理解し、一連の行動を決断します。マインドもそれと同じように行動器官と肉体に影響を与えます。その場合はすぐに反応が起こります。したがって、知性は肉体という乗り物の運転手といえます。

知性は、感情ほど変わりやすいものではないですが、変化します。「私の信念」というとき、信念と私を同一視してしまっています。しかし、変化するものは本当の自分自身ではないので、知性も自分自身ではありません。

 

No.35 |アーナンダマヤとは?

アーナンダマヤ(至福のレイヤー)とは何でしょうか?無知の中に確立され、コーザルボディーの形をとり、不純な性質をもち、好きなどの考えとつながっているものを、幸せのレイヤー(the bliss sheath)といいます。

解説

アーナンダマヤは、一番微細で、一番広く広がっているレイヤーです。コーザルボディーともいわれます。世界、自分自身について無知という性質がありながらも、自分自身である至福からの恩恵があります。

全てが一体化する

コーザルボディーは、特に深い眠りの状態に主役になります。夜になると、暗闇が世界を覆います。暗闇の中では全てのものが一体化し、区別がなくなります。しかし、モノたちが壊されたわけではありません。ただ知覚されなくなるだけです。そして、夜が明けるとその区別がまた現れます。それと同じように、コーザルボディーのみが働いている深い眠りの状態では、全ての二元性、エゴ、心配、動揺、世界、グロスボディーとサトルボディーなどが、完全な無知の中に統合されます。

水がきれいで、静かであればあるほど、太陽光をよりシャープで明るく反射します。完全に不純物がなく止まった状態の水は、太陽光を完全に反射させます。同じように、マインド(水)が自分自身である至福(太陽光)を反映させます。深い眠りの状態では、思考の変化や動揺が無いので、自分自身である至福が完全に表れています。しかし、無知である性質ゆえに、その状態でも完全な自分自身ではありません。

幸せは自分自身の投影

目覚めの状態でも、ピュアで落ち着いたマインド(サットヴァの状態)のときは、興奮していたり(ラジャスな状態)怠慢な時(タマスな状態)より大きな幸せを感じます。全ての幸せの経験は、自分自身である至福の投影です。深い眠りの状態では、その至福に度合いはありません。目覚めの状態と夢見の状態では、様々な質や強さの幸せを感じます。例えば、朝日が昇る光景に幸せを感じることはサットヴァの幸せ、ホラー映画を見て楽しいと感じるのはラジャスの幸せ、誰かを傷つけて楽しむことはタマスの幸せです。

幸せの度合い

本来、自分自身は100%至福そのものですが、私たちは幸せの度合いを感じます。その幸せの度合いには3段階あります。

①プリヤー(幸せ)
好きなものや、人のことを考えて幸せな時。例)大好きなピザを食べたいと想像している時。

②モーダ(より幸せ)
実際に好きなモノを得たり、好きな人に会った時。例)注文したピザがテーブルの前に運ばれてきた時。

③プラモーダ(最高の幸せ)
好きなものを体験しているとき、好きなものと一体になったとき。例)そのピザをまさに食べている時。

本来、楽しむ人と楽しまれる対象に区別はなく、ただ楽しみが存在しています。自分自身は、変化しない存在なので、このように変化する幸せのレイヤーは自分自身ではありません。

 

No. 36|まとめ

これらが5つのレイヤーです。

解説

今まで説明してきたものが5つのレイヤーです。5つのレイヤーの中には、アートマーの一部が隠されていました。すべてのレイヤーは五大元素でできていて、生まれて死んでいきます。自分自身とは、すべての変化を超越し、永遠で、すべての目撃者です。そのため、5つのレイヤー全ては、アートマー(自分自身)ではない、ということが分かりました。

 

No. 37|アートマーでないもの

ブレスレット、イヤリング、家など、「私のもの」として知られるものは、知るものである「私(アートマー)」とは違います。同じように、5つのレイヤーも違います。私のものとして知られている私の体、私の心、私の知性、私の無知も、従ってアートマーではありません。

解説

自分に関連するものは「私の〇〇(MY)」といいます。しかし、私自身は「私の」とは言いません。また、私自身は、それが私のものだと知っています。私の夫、私の家、私の時計、、、それらは私のものだと知っています。私の体、私の呼吸、私の心、なども同じように言えます。つまり、体も心も全ては私自身ではありません。

自分自身は、一番シンプルなものですが、気づくことが一番難しくもあります。過去のあらゆる経験や、複雑な心によって、真実を見ることが難しくなっているからです。真実を見たとしても、それを受け入れられないかもしれません。受け入れられたとしても、それを深く理解することが難しいのです。自分自身は、知覚することができません。そのため、その概念が私たちにはないのです。自分自身の本質は、5つのレイヤーにうまくカバーされ、いつも近くにあります。そして簡単に区別がつくようにしてくれています。そのため、継続した識別と、固い決心が、自分自身を明らかにし、5つのレイヤーという束縛から解放させてくれます。

 

続きの章からは、アートマーの3つの性質である、サット・チット・アーナンダの説明をしていきます。

 

 

 

次はこれを要チェック

 

 

 

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『VEDANTA BOOK OF DEFINITIONS』 Swami Tejomayananda

 

 

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